連絡通路

脳と現実の連絡通路

漠然と

「自分の頭で考えろ」というが、自分の頭で考えたところで大した答えは得られないことが分かってしまった今、果たしてどうやって生きていったら良いのか途方に暮れている。

大方の人間がそうなのだろう。自分の頭で考えても答えが得られないから、誰か他の人に答えを教えてもらおうと、情報を得ようと躍起になっているのだ。1+1=2であるような世界は純粋な数学の世界にしか存在しない。もしかしたら、純粋な数学の世界にも存在しないかもしれない。

自分も大方の人間と同様で、何が答えであるかが分からなくなってしまった。誤魔化して生きてきた代償である。

 

全く話は変わるのだけど、自分で料理をしないというのが悪い影響を及ぼしている気がしてならない。出来合いの物ばかりを食べるのではなく、自分で調理をし、自分で作ったものを自分のために食べるという行為が重要なんじゃないかと思う。

肉や野菜を調理して食べれば、そこには生きているという実感が湧くんじゃないかな。なんだかインスタントな物ばかりを食べ過ぎている。エネルギーが減っていくのも致し方ないのかもしれないな。

 

どうにも、生きている実感が湧かないのが一番の問題だと思う。冬で寒いからだろうか。それとも、単純に自分の中でのエネルギーが低下しているからだろうか。何を見ても感動しなくなってしまったなぁと感じる。

 

東京には情報量が多すぎる。前は田舎に住んでいたのだけど、その頃は漠々と広がる田舎の中で、都会に憧れながら視聴するアニメが輝いて見えた。そんなもので良いんじゃないかな。普段から東京の情報量に慣れていると、そういうこともできなくなってしまう。全てが虚無的だ。

 

今は27才の私だが、10代の頃は一体何を考えていたのだろう。もはや2〜3年前に何を考えていたのかも分からないので、10代の頃の自分が何を考えていたのかなんて分かったものじゃない。少なくとも、今と違う人格を有していたはずだ。

10代の頃は全ての軟弱な文化をバカにしていた気がする。日常系アニメやその他の軟弱なコンテンツをバカにする一方で、自分はエロゲを嗜み、それが高尚な趣味だと信じてやまなかった。

27才の今となっては、何が高尚なのか、自分が何をしたいのかも分からないし、何をしていても虚無感が付きまとってくる。単純にエネルギーが低下しているだけかもしれないが。

 

全てが漠然としている。外界に興味が持てない。面白いものは世界中にたくさんあるはずなのに、心の底から楽しむことができない。運動不足だろうか? 運動不足なだけかもしれない。人間の精神なんて、所詮はそんなものだからだ。